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標石よりも探す過程がメインの三角点探訪ブログ。
2020/01/19(日)
仙台市若林区の仙台東部道路仙台若林JCTの南東1.7km付近にある宮城縣几号水準標。
※この記事はおめんぱんだ氏(@omen_panda)のツイートを参考にしています。

朝、起きると、舘澤氏より問い合わせのメールが届いていた。
東京都測量設計業協会の活動テーマ「SURVEY&TOKYO」の公式ツイッターで、おめんぱんだ氏(@omen_panda)が宮城県で几号水準点を発見した記事をリツイートしていたのだが、その几号の場所を知らないかとのことだった。…もちろん知らない。

詳細を知るためにおめんぱんだ氏(@omen_panda)のツイッターを確認すると、氏は今年の1月4日に宮城を訪れて几号を発見されたようだ。その直前のツイートが栗原市の金成付近からだったので、県北付近に几号があると推定。右下の画像を元に「①周辺が田んぼ ②近くにビニールハウスがある ③道路向かいに建設会社?(カーブミラーに重機らしきものが写っている) ④少し先に高速道路か河川の堤防がある」場所をGoogleマップの航空写真から探す。
堤防というよりは高速の盛土っぽいので、東北道沿いに探してみる。…が、見つからない。あの画像一枚だけでは情報が少なすぎるのだ。
一時は諦めかけたのだが、風景の雰囲気が仙台市若林区に広がる田んぼの中の集落のような感じがしたので、改めて画像を確認すると盛土の上に信号機っぽいのがあるのを発見。つまり高速では無い。…ん?そういえば最近仙台の海沿いに出来た「東部復興道路」がそんな感じだったな。そこで復興道路が左後方より斜めに交差する道路をストリートビューで見ていたら、


本当にありやがった…
これには正直ビックリ。俺、エスパーかもしれない。
※実は当該記事のコメント欄に「場所は二等三角点二木付近です」と解答が書いてあったりするのですが、これに気づいたのは探索から戻ってきた後でした。 orz

今日は日曜だし、土曜まで待ってられないので急遽確認しに行くことにした。


tanatsugi_m01.jpg
時間節約のため高速を利用。仙台南部道路の今泉ICで降りる。
※画像はドライブレコーダーの動画を加工したものです。


tanatsugi_m02.jpg
料金所を通過後、画像の交差点を右折して県道54に入る。


tanatsugi_m03.jpg
道なりに2.5kmくらい進み、画像の交差点を右折する。
画像奥の盛土の道が例の東部復興道路だ。津波発生時には仙台東部道路とともに防潮堤として役立ってくれるありがたい道路なのである。


tanatsugi_m04.jpg
この雰囲気、そう、この雰囲気だよ! どの雰囲気だよ


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2つ上の画像の交差点を右折後、400mほどで現地到着。


tanatsugi_m06.jpg
ん?何だろうこのカラーコーンは。
手前の燃えカスっぽいのは、どんと祭の跡なのかな?


tanatsugi_m07.jpg
カラーコーンを移動させると、中に標石がありました。
どんと祭(?)の時、標石を保護するために置いたのか、それともツイートを見た同好の方が急遽置いてくださったのか。


tanatsugi_m.jpg
標石です。
標石周辺の土はほとんど砂でした。津波の時運ばれてきたものと思われます。


tanatsugi_m08.jpg
東面。(道路側を向いているので、正確には南東かな)
確かに几号です。見つけたおめんぱんださん凄い!
以降、反時計回りで。


tanatsugi_m09.jpg
北面「第一號」


tanatsugi_m10.jpg
西面「明治四十一年」
宮城野区岡田同 出花にある几号と同時期です。
見た目も似ています。こんな所でまた会えるとは。


tanatsugi_m11.jpg
南面「宮城縣」
※几号ですが宮城縣設置の標石なので、当ブログでは「宮城縣標石」のカテゴリとして扱います。


tanatsugi_m12.jpg
上面です。
画像手前(下)側が「宮城縣」の面になります。

標石の大きさは 15x15x30cm(五寸角)。高さは掘った状態での「宮城縣」の面。
几号マークの大きさは 横9cm、縦10cmくらいでした。


tanatsugi_m13.jpg
周辺には山神碑や雷神碑などがあります。
祠らしきものは見当たりませんでしたが(もしくは震災で流されたのかも)、地域では神社のような役割を担っているのでしょう。
岡田と出花の標石が神社の境内にあったことから、そう考えるとここに設置されたことにも納得できます。


tanatsugi_m14.jpg
ちなみにすぐ近くには二等“二木”があります。(寄らなかったけど)
[仙台若林種次 宮城縣几号水準標]の続きを読む
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2019/12/01(日)
塩竈市のJR仙石線東塩釜駅の南東500m付近、塩釜港内の籬(曲木・まがき)島にある宮城縣標石。
※この記事はゆう氏からの情報、および同氏のブログ記事を参考にしています。

ゆう氏によると、以前訪れたことがある塩竈の籬島(曲木神社)には水路部の標石だけでなく、宮城縣標石もあるのだという。
ウミネコに気を取られていたとはいえ、水路部標石のすぐ近くにあったのに全く気が付かなかった。ゆう氏の観察力というか、“標石の臭いを嗅ぎ付ける能力”には毎度頭が下がる(※)。先日彼が再度籬島へ行き、存在を確認してきたようなので、遅ればせながら私も確認しに行くことにした。
※以前、同じような事をウーメラ氏にも言っていたみたいです(笑)。皆さん凄いです。(2020/2/17追記)


magaki_m01.jpg
再度、籬島にやってきました。
以前の記事で書いた通り、この籬島にある曲木神社へは毎月1日の月次祭の時にしか橋を渡ることが出来ないため、1日が日曜の12月まで待つことになりました。ちゃんと入口が開いてますね。良かった。


magaki_m02.jpg
6月に来たときウミネコとウミネコの巣でいっぱいだった境内は何もない普通の状態に戻っている。
今回はゆっくり落ち着いて写真を撮れそうだ。


magaki_m03.jpg
ゆう氏によると海側の鳥居のすぐ西側の笹の中にあるらしいんだけど…。


magaki_m04.jpg
いたーっ!
よく気づいたなぁ。


magaki_m05.jpg
ゆう氏が周りの笹を切ってくれていたので、以前よりは分かりやすくなっているようです。
ちなみに左上の笹越しに見えるものは海面です。つまり崖っぷち。下手すりゃ数メートル下の海へドボン。


magaki_m.jpg
標石です。
石質は宮城縣標石ではおなじみの井内石のようですね。地産地消です(笑)


magaki_m06.jpg
「宮城縣」
西面になります。良く見ると「宮」の字の「呂」の部分が「ノ」で繋がってない…。
(今まで気にしていなかったのですが、他の標石を確認すると大半が同様の書き方になっていました。何で?)
2つ上の画像を見て分かるように、この画像を撮るのはちょっと命がけ!?

以降、反時計回りで。


magaki_m07.jpg
南面「第拾貳號」(第12号)
どういう順番で番号が割り当てられているのか相変わらず謎です。


magaki_m08.jpg
東面「明治四十年」
宮城縣標石としては比較的後期のものです。なので上面が「四角錐で中心に穴」でなく、「平らで十字マーク」のタイプになっています。


magaki_m09.jpg
北面。こちら側には何も彫られていないようです。


magaki_m10.jpg
上面です。画像手前(下)側が「宮城縣」の面です。
先述の通り、平らで十字マークが付いている後期のタイプです。

十字マークの大きさ、約7cm
標石の大きさは 15x15x30.5cm(五寸角(二等・三等並み))。高さは「宮城縣」の面です。
上面が平らな後期タイプとしては珍しく(?)、四角錐な前期タイプに近い大きさになっています。


magaki_m11.jpg
島の南端にある水路部標石も健在。結構欠けていたので、あれ以上壊れないと良いんですが。


magaki_m12.jpg
一通り確認も終わり、さて帰ろうかと思ったら突然人が大勢島に入ってきた。何やら始まりそうなので部外者はそそくさと退散しようと橋の方へ向かおうとしたところ、地元の代表らしき方に「これから神事が始まるので、宜しければ一緒に参加していただけないか」と声をかけて頂いた。実はもの凄くトイレへ行きたかったんですけど、せっかくなので我慢して参加させて頂きました。
曲木神社は鹽竈神社の末社なので、たぶん鹽竈神社の神主さんだと思うのですが2名の方に来て頂いて儀式が進みます。この程度の規模の神社でこれだけの神事が行われるとは。これが例の月次祭なのかな?貴重な体験をさせて頂きました。
先ほどの代表の方の話によると、籬島へ渡る橋は毎月1日だけでなく、4月から10月までの間は土日も開放していたとのこと。え~っ、知ってたらもっと早く来たのに…。来年もそうするとのことなので、これから行こうと思ってる方には朗報だと思います。

そういえば以前はここの後に野蒜へ行ったんだっけな…。先週、行ったよなぁ…。今日行けば良かった。(天気的に)
気のせいか、(県外)→(塩竈・野蒜)→(県外)→(塩竈・野蒜)→県外? のような流れになってきてるじゃん。これはいけません。次回は宮城県内のどこかへ行かなくては。
[塩竈籬島 宮城縣標石]の続きを読む
2019/06/01(土)
東松島市の大高森山頂にある宮城縣標石(測点)。
※この記事は “大高森”(東松島市)再訪編 の続きです。

次は宮城縣測點の確認。
今回大高森に再訪した理由は、前回来たとき測點にあまり関心が無く画像をあまり撮っていなかったのと、独立した記事が無かったためだ。今後この手の記事が増えそうな予感…?


ohtakamori_ms1.jpg
例の「測點」は雷神塔の脇にあります。


ohtakamori_ms2.jpg
三角点から見た「測點」。
標高からいうと最高点である「測點」の辺りに三角点を設置するのが普通のような気がします。敢えて三角点をこの位置にしたのは何か訳があったのかもしれません。雷神塔が邪魔で櫓(髙覘標)を組みづらかったとかでしょうか?


ohtakamori_ms3.jpg
位置は三角点の南南西7m70cmくらい。


ohtakamori_ms.jpg
標石です。
かなり露出しています。


ohtakamori_ms4.jpg
東面「測點」
いわゆる「宮城縣標石」で「測點」と書かれている物は珍しく、詳細については不明です。
※「日本の測量史」の上西氏は、『海岸近くにあることから漁業関係の標石かも知れません。』と述べています。(参考)


ohtakamori_ms5.jpg
北面。
この面には何も書かれていないようです。


ohtakamori_ms6.jpg
西面「宮城縣」
見づらいですが「宮城縣」と書かれています。(マウスカーソルを画像の上へ持って行っても強調されません(笑))


ohtakamori_ms7.jpg
南面「A 第八号」
他に同様の物が最低でも7つあるようですね。
ゆう氏によると、塩竈市の浦戸諸島の大森島にある三等“朴島”のそばにも似たような物があるらしいのですが、「A」の文字が無かったりするので…何なんでしょうね?


ohtakamori_ms8.jpg
上面です。
中心に十字マークは無く、他の「宮城縣標石」と同様に四角錐のような感じの丸い面になっています。

標石の大きさは 17.5x18x30 cm。(南北方向×東西方向×高さ)
高さは本来露出する部分。この状態での「測點」の面の露出している部分を含めると約90cm。
[大高森 宮城縣測點]の続きを読む