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標石よりも探す過程がメインの三角点探訪ブログ。
2017/08/27(日)
登米市迫町佐沼の鹿ケ城公園(佐沼城址)内にある内務省標石。
※この記事はcaz3氏からの情報を参考にしています。

先日、caz3氏より「佐沼城址に内務省標石と似たような標石がある」との情報を得た。caz3氏の友人が偶然発見したもので、小倉山にあった物とそっくりな石材・字体で「内務省」と書かれた標石らしい。おぉこれはかなり興味あるぞ!
ちょうど別件で登米へ行くつもりだったので、早速そのついでに見に行ってみることにした。

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三陸道登米ICより県道36を経由して旧迫町の佐沼に来た。【現在地
画像の交差点右奥が歴史博物館と佐沼城址である。

余談ですが、佐沼はあのウジエスーパーの本拠地だけあって、店も道を走るトラックもウジエだらけで驚いた(笑)。

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交差点を右折後すぐ左折し、駐車場に車を駐める。【現在地

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この右奥が目的地の佐沼城址だ。【現在地

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ここが入口みたいだな。【現在地
駐車場にも入口の階段がありますが、ブログの記事にする際見栄えが良いのでわざわざこっちに来ました(笑)。

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本来であればこれからこの公園内を歩き回って標石探しをするんですけど、caz3氏より送って頂いた画像を見て既に位置を特定していたので標石の方へ一直線。うーん、何かズルした気分。【現在地

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標石はあの神社の建物の脇にあるはずだ。【現在地

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あった!

tomewakuya_n.jpg
標石です。
確かに小倉山のとそっくり。というか同じ物ですね。こんな所でまたお目にかかれるとは。
実はこの画像、この時(朝9時頃)撮ったものではありません。この時は太陽光線の角度が悪くて、標石の字がハッキリ読めませんでした。ところが後で標石の経緯度を測っていないことに気付き、昼食のため佐沼へ戻って来た際に再度行った時撮ったものです。おかげで良い画像が撮れました。どうやら私が昼食後に来た1時間後に、ゆう氏もここに来たみたいですよ。

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「内務省」
こちら側が西を向いています。

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南面。何も彫られていないようです。

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東面(裏面)。「R41」と彫られています。
誰かがいたずらで下に一本線を追加したため何となくB41と読みたくなりますが、R41で間違いないでしょう。
小倉山のと同様にアルファベット+数字の組み合わせです。何なんでしょうね?
※この面以降は、この時(朝9時頃)撮った画像です。

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北面。南面と同様に何も彫られていないようです。

tomewakuya_n12.jpg
上面です。手前側が「内務省」の面です。
十字マークなので測量標の可能性が高いと思うんですけどね…。

標石の大きさは15.4x15.0cmの5寸角で、この状態での高さが85.5cm、本来露出する部分の高さが34.0cm
十字マークの大きさは11cmでした。

この標石についてcaz3氏より「昭和初期(戦前)に新江合川・迫川が開削されたときに用いられた測量測点なのではないか」とのコメントを頂きました。
確かにどちらも河川の近くにある高台に設置されていますし、どちらも標石から河川を見た場合、手前側の面が「内務省」です。caz3氏の説の通り、これが河川工事の際の測量標、つまり河川測量標だった可能性は大いにあると思います。裏面の番号は河川に沿って連番になっているのでしょう。
この手の物は宮城縣標石(三角標)でよく見かけますが、この標石の設置者は県では無く、内務省つまり国です。これは河川工事の事業主体が国か地方自治体かの違いによるものではないでしょうか。

何か今回は色々と新しい発見があったような気がします。caz3さん、情報ありがとうございました。
[登米佐沼城址 内務省標石]の続きを読む
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2014/12/07(日)
涌谷町役場の東6km付近、小倉山南西尾根の小ピーク上にある内務省標石。

今日は先日ゆう氏が偶然発見した「内務省標石」とやらを見に行こうと思う。
その前に内務省とは何なのか調べてみた。内務省とは1873年~1947年の間に存在した、地方行政・警察・土木・衛生などの国内行政を担う中央官庁だったようだ。この中の土木部門が戦後、建設省となり、現在の国土交通省となった。戦前に現在使われている三角点を設置して測量をしていたのは陸軍だが、明治の初期までは内務省地理局と平行して測量していたようだし、その後も地理局は存在していたようなので国地院の前身(があった省庁)と言っても良いようだ。

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ゆう氏の記事を参考…というか、そのまんまですが、まずは入口を探す。
先日、和淵山へ行ったときと同じルートを進み、県道29の及川橋を渡って十字路を直進する。【現在地

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及川橋から300mくらい進むと右側に駐車場があった。手前のが例の「屋台っぽいラーメン屋」か。なるほど確かにそうだ。客と勘違いされると面倒なので、少し奥の方へ駐めていくことにしよう。【現在地

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今来た橋の方へ少し戻ると、いつものピンク色の目印が。ここから登れということだな。【現在地

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わざとらしく置かれた丸太。これを登るの?いや無理だってば。試しに端っこを踏んでみたらすぐ折れたので腐りかけているようだ。ゆうさんは、どうやって登ったんだろう?

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ラーメン屋のほうに数m戻ると、登っていけそうな所があった。ここから行くとしよう。あの目印は何だったんだ?

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尾根に沿って登って行く。木の幹にこれでもかと言わんばかりに紐が結んであるので非常に分かりやすい。

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薄暗い杉林を抜けると、それっぽいピークが見えてきた。【現在地

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あれかな?

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キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!! ちゃんと内務省って書いてあるー!!【現在地
標石は小ピークの南端にありました。でも、この位置だと見えるのは和淵山と江合川ぐらいなのですが…。

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「内務省」
側面いっぱいにデカデカと彫られています。字体もしっかりしています。宮城縣標石と同じような石材です。
こちらの面が北を向いています。以降、この面を手前側にした場合の向きで説明します。

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右側面(西側)。何も彫られていないようです。

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「L7」
裏面(南側)になります。L7の意味が分かりません。

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左側面(東側)。こちらも何も彫られていないようです。

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上面。
大きめの十字マークがあります。この標石が三角点などと同じような測量の基準点なのか、ただの境界杭なのかは不明です。

標石の大きさは縦・横 約15cm、この状態での高さ 約33cm、十字マークの大きさ縦・横 10cmです。
宮城縣標石もそうですが、この時代にしては珍しく(?)尺間法でなくメートル法なところが興味深いです。(もし尺間法で作られていれば、もっと中途半端な値になるはず)

それにしても、この小倉山には内務省標石と三等三角点があり、川向かいの和淵山には御料局三角点・三等三角点宮城縣標石があるわけですが、明治時代のこの周辺ってそんなに重要な所だったのでしょうか?理由が知りたいな…。
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