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標石よりも探す過程がメインの三角点探訪ブログ。
2019/11/02(土)
新潟県弥彦村の多宝山山頂にある一等三角点。
※この記事は「10982」の続きです。

今度こそ“弥彦山”(多宝山)へ向かう。


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10982」がある交差点より弥彦山スカイライン(新潟県道561)へ入る。入口付近には以前料金所だったと思われる跡が残っている。


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弥彦山スカイラインを5.5kmほど進む。新潟市と弥彦村の市村境の少し手前にあるピークの所に左側へ登っていける階段を発見。
右へ入っていく道はすぐ車両通行止めになっているので、ここへ車を突っ込んで駐めていくことにしよう。


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では早速登りますよ。


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階段になっているのは入口の法面の所だけで、後は普通の山道のようだ。遊歩道のような整備はされていないが、傾斜が比較的緩やかなので登りやすい。


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あまり人が来ないからなのか荒れ気味だなぁ。


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つづら折れを登り切ると山頂の施設が見えてきた。


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多宝山山頂に到着。目の前にはお目当ての天測点が。


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三角点と天測点の位置関係はこんな感じ。


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点の記にも書かれていますが、この施設は気象レーダーのようですね。気象衛星が高性能化したとはいえ、まだこのようなレーダーは必要なんでしょう。


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さてと…ブログのことを考えると三角点が先だな。
標石です!


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標石の周りにある保護石は4つとも根元から折れてしまっています。
等級面(南面)の手前にあった石はただ置かれているだけでした。しかも元の石じゃ無いし。向かって左側(西側)の石は確認しなかったのですが、点の記には「保護石1個」と書かれているので欠けて小さくなったもののまだ繋がっているのかもしれません。
画像左上の角付近にある白っぽい物はなぜか埋もれてしまっていた標示杭(プラ)です。


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等級面のアップ。
確かに保護石が無いと撮りやすい(笑)


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上面です。上面舗装、保護石(元)4個。
除けた石は戻してあります(笑)


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上面のアップです。ICタグ付き。
普通の一等標石です。
[[新潟]弥彦山(一等三角点)]の続きを読む
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2019/09/14(土)
新潟県粟島浦村の小柴山山頂にある一等三角点。

先日、友人のH君より9月の14,15日に泊まりがけでどこか遠出しないかと連絡があった。GWに秋田へ行ったように、三角点標石探しで行きたいところがあれば付き合うという内容だった。確かに9月には三連休が二度あるのでどこかへ行かないと損な気がする。さてどこへ行こうかとネタ一覧を見てみるが…うーん、どこへ行っても藪だらけのような気がする。この間行った石越の「とど山」で酷い目にあったことを思うと今の時期は避けた方が良さそうだ。そこで逆にH君に行きたいところはないかと聞いてみた。すると新潟県沖の日本海上に浮かぶ離島、粟島へ行きたいと返事があった。そういえば以前、山形県沖の飛島へ一緒に行ったのもHだったな。そしてその帰りに今度行くなら新潟の粟島かなという話もしていたはずだ。いよいよその時が来たか。

調べてみると粟島には電子と一等と二等が1つずつあり、四等が7ヵ所。意外にも二等水準点が島を一周するように十数ヶ所もあるが飛島の経緯度観測点のような珍しい基準点は無いようだ。普通に三角点標石を探すだけということになるけど、それはそれで楽しそうだ。このブログの原点だしね。

飛島の時と違い、今回は本土側で探す予定の点が無いので島に宿泊することにした。あのような小島へ行くのは余程の物好きだし、海水浴シーズンも終わりだから簡単に宿が取れるだろうと思っていたら大間違い。H君によると手当たり次第民宿に電話をかけて16軒目でやっと予約が取れたとのこと。お疲れ様でした…。


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そして当日。心配していた天気は2日間とも問題ないようだ。5時に自宅を出発し、8時半頃、粟島行きのフェリー乗り場に到着。
運賃の安い普通船は10時半出港なので、それまで乗り場周辺をウロウロする。


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その普通船がこちら。今年の4月に就航したばかりの新造船「ニューあわしま」である。高速船に比べて運賃が手頃なのにピカピカの新船に乗れるなんて、なんか得した気分だ。


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やっぱり船旅は良いな~。遠くにうっすらと見えていた粟島が大分近づいて来た。
ちなみに船内は観光客でごった返していて、座席はもちろん二等船室の雑魚寝部屋もいっぱいで、デッキに敷かれたゴザですら座る場所が無い状態。こんなに混むなんて予想外だった…。どうりで宿がなかなか取れなかったわけだ。そんなわけで余裕ぶっこいて後から乗船した我々は出港からずっとこの場所。写真を撮るには好都合なんでまぁいいか。島で昼飯を食べる時間がないので、ここで予め買っておいたコンビニ弁当を食べ、今日はもう車を運転しないので船内で買ったカップ酒を飲む。あぁ幸せ。


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12時頃、粟島に到着。


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下船後すぐに右奥(北西)のほうにある村役場へ向かう。目的はバスである。
最初に行く予定の一等は灯台のそばにある。その灯台へ行く道の入口は県道沿いにあるが、港から約2.5km先で標高差は約150mある。一等の後、尾根沿いに二等へ行くことを考えると出来るだけ体力を温存していたい。港の観光案内所で自転車を借りることもできるがママチャリであの坂道を自走するのはほぼ無理だろうし、二等へ行ったら回収することができない。
幸い粟島には1日6便だけだが乗合バスが走っている。しかも都合良いことに灯台の入口にもバス停がある。これを利用しない手は無い。時刻表を見るとフェリー乗り場の近くのバス停は12:11である。フェリーは11時55分着なので約15分しかない。島で昼飯を食べる時間がない理由はこれだ。今日のような混雑している状態では観光案内所のコインロッカーへ余計な荷物を預けている余裕など無く、すぐにでもバス停へ並ばないとバスに乗れない可能性がある。
…ならば始発で乗ってしまえば勝てるだろうと、こうして始発のバス停がある村役場へ向かっているのだ。


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バス停は村役場と隣の温泉施設の間付近にあり、既にバスが待機していた。他に乗客は誰もいない。我々の大勝利である。


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結局、フェリー乗り場で乗車したのは島の反対側にあるキャンプ場へ行く数人だけだった。結果論になるがコインロッカーへ荷物を預けても余裕で乗車出来ただろう。まぁでもこうして無事バスに乗れたのだから良かった良かった…?。


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予定通り「灯台入口」で降車。


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実際の入口はバス停よりも少し下ったところのカーブの途中にある。


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灯台への道は入口から階段だった。
点の記には「灯台管理道路」と書かれていたので細い舗装路かと思っていたが違った。緩い傾斜の階段なので楽と言えば楽だけど、ずっと登っていると結構地味に疲れる。
今日は泊まりということで通常よりも荷物が多い。本来なら二つに分けて片方を宿かコインロッカーへ預けるべきだが、先述の通りロッカーへ預ける余裕が無いと思いリュック1つに詰め込んできた。そのためいつもより荷物が重く余計な負荷がかかるので、最小限の道具だけを持ってリュックは途中の薮の中へ置いていくことにした。


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途中、地形に応じて階段と舗装路を繰り返す。
画像には赤白ポールが写っているが、これは冬期に道が雪で埋まったときの目印なのだろうか?


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やっと灯台に着いた。


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灯台の北側に標石を発見。
ちゃんと管理されているらしく周りの草はきれいに刈られていました。


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標石です。
画像左端の木杭は標示杭だったのかな?


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等級面のアップ。
普通の明治時代の石です。こういう場所なので状態は良いです。
点の記を見ると選点日が昭和35年になっていますが、元々は明治28年の選点だったようです。ここの灯台が出来たのが昭和29年なので、再選点はその後ということになります。恐らく灯台建設のため山頂を整地した結果、明治時代の標石を改埋することになったのではないかと思われます。


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上面です。
上面舗装、保護石4個。


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上面のアップです。


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灯台はこんな感じ。銘板によれば平成2年に改築していて船舶気象通信施設を兼ねているようです。近くにある説明板によると、この灯台は海面からの高さが全国3位、光達距離は全国2位となかなか凄い灯台のようですよ。
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2019/04/13(土)
南三陸町歌津の田束山山頂にある一等三角点。
※この記事は「五萬堂仙鉱三角点」の続きです。


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一通り仙鉱三角点とその近くにある四等を確認し終えたため、来た道を戻る。
またこれを下って向こうの山を越えていくのか…。ほらKさん、ぶつくさ言ってないで行くよ。


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何とか田束山石像公園に駐めたKの車まで戻り帰路につく。ほっと一安心したいところだが、ここへ来たなら寄らなければいけない所がある。一等“田束山”である。先ほど通過した田束山入口の公衆トイレの所を赤矢印の方へ進む。


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田束山へ来るのは実に10年ぶりである。以前来たのは、この趣味を始めて間もない初期の初期。まだこのブログを始める前で、一等に集中して探索を行っていた頃だ。当日だけで“田束山”を含めて5ヵ所の一等へ行っている。今となっては無茶苦茶なペースだ。
この道は当時の記事によると

田束山山頂付近にある駐車場へ上る道があります。
これが超絶に狭くて急な坂道!
舗装はされていますが軽の四駆以外はあまりおすすめできません。

でも私は普通車で強引に行きました(笑)

今よりもさらにアホっぽい文章で道の狭さを訴えている(しかも画像無し)。うーん、超絶ってほど狭くもないし普通車でも余裕だな。きっとあの後幅員を広げたりして改修したんだろうな。


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山頂直下の駐車場に到着。あれっ?こんなのあったっけ?
少し前の点の記にはここにレストハウスがあったと書かれていたはずだ。でも建物を見た記憶が無いし、以前来たときもなぜか写真に撮っていないので良く分からない。調べてみると2008/12/12の新聞記事

南三陸町歌津の田束山(たつがねさん)レストハウスが、大型の「あずまや風」施設に生まれ変わった。老朽化と利用者の減少からレストハウスを解体して町が改修、十日に完工検査が行われた。

と書かれているので、2008年12月には既にあったようである。


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もう歩きたくないらしいKを車に残し、私一人で山頂へ向かう。
階段でなく柵を越えてここから行ったのは、三角点へ向かいながら地面に生えている「ふきのとう」を摘むためだ。(実はさっき“五萬堂”へ行く途中にも摘んでいた)


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山頂に到着。相変わらず地面がボコボコで懐かしい。やっぱりモグラの仕業なんだろうか。
一等が最高点に設置されていないのはやはり遺跡を保護するためだろうけど、山の標高の値が実際よりも低くなってしまうのは構わないのかな?


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標石です。標示杭がプラ杭から木杭に変わっています。標石の見た目は10年前と変わってません。
ここの点の記を見ると冠字選点番号がありません。選点日や設置日もあやふやです。古~い点の記を確認してみると確かに冠字も番号も付いてません。選点者が陸地測量手でなく、なぜか陸軍の七等技手の方が選点しています。七等というとかなり下っ端っぽいので、冠字が付かなかったのかもしれません。“田束山”は一等とはいえ補点なのであまり重要視されてなく、忙しくて手が回らない上官が下っ端の人に「お前ちょっと田束山へ行って選点してこいよ」なんて言って、「マジすか…」って七等の人が渋々来たのかもしれません(笑)。その際ちゃんと日にちを確認してなかったのかと(笑)。
設置に関しては明治25年6月に陸地測量手の方が行ってますが、その後なぜか改埋されています。その際の改埋日が、これまたなぜか明治40年度という超アバウトな書き方。明治41年1月~3月だったらどうすんだよ(笑)。当時のことを想像するといろいろと面白い点です。
※有名なところで一等“筑波山”も同様に冠字選点番号がありませんが、これは内務省地理局測量課で選点したものをそのまま陸地測量部で使用したためで、“田束山”とはたぶん理由が違うと思います。


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等級面(南面)のアップ。
左上がちょっと欠けてますが、こういう場所にある一等としてはまともなほうだと思います。
これ、花崗岩なのかな…?。先ほどの古い点の記には「宮城産花藥石」って書いてあるけど。石材に関しては何の知識も無いもんで…。


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上面です。ICタグ付き。等級面が南西を向いています。
一等標石ってたまに見ると凄く大きく見えますね。
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