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標石よりも探す過程がメインの三角点探訪ブログ。
2019/04/29(月)
秋田県秋田市の秋田大学附属鉱業博物館内にある一等重力点。
※この記事は「秋田千秋公園 水路部経緯度測量点」の続きです。

今回の計画を立てる際に閲覧サービスで検索していたところ、秋田大学の鉱業博物館内に一等重力点があることが分かった。入場料100円を払えば一般の人でも入れるし、GW中でも開いているとのこと。今いる千秋公園から比較的近い所にあるので行ってみることにした。


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先ほど駐車していた千秋公園の東側にある病院の駐車場より秋田県道28を北へ道なりに800mくらい進み、画像の交差点を左折する。


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交差点より650mほど進み、画像の所を右折。


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さらに150mくらい進むと博物館の入口がある。


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おぉ、何か古そうな建物だけど良い雰囲気だぞ。
建物の入口付近には秋田らしく、油田で使われるポンプ(ポンピングユニットというらしい)などが展示されています。


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早速中に入ってみよう。


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入口にある受付兼売店で入場料を払い、らせん階段の下中央付近を見ると金属標が。


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一等重力点のための空間、というか展示物の1つになっているといった感じです。立入禁止の場所にあることが多い重力点にしては珍しい選点ですね。


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ここだけを見ると、まるでテレビのテストパターンみたい。


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金属標のアップです。今まで重力点を兼ねた水準点しか見たことが無く、純然たる「重力点」を見るのはこれが初めてです。
重力点の中心って水準点みたいに「出べそ」なんですね。

金属標の直径7cm。中心の出っ張り部分の直径1.9cmくらい。


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すぐそばには、ご丁寧に解説の看板が立てられています。

ここの重力(加速度)は g=9.8017573m/s2 です。

加速度の単位m/s2(メートル毎秒毎秒)と、閲覧サービスに載っている重力値の単位mGal(ミリガル)は、0.00001m/s2 = 1mGal で換算できます。閲覧サービスの成果値は「重力値 980175.73 mGal」(2019/4/29現在)なので合ってますね。


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らせん階段の上から見るとこんな感じ。


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鉱業博物館ということで、ついでに仙鉱三角点について何か資料は無いかと探してみましたが見つけられませんでした。
[[秋田]秋田(一等重力点)]の続きを読む
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2019/04/29(月)
秋田県秋田市千秋公園内久保田城御隅櫓の北北東330m付近にある水路部経緯度測量点。
※この記事は上西勝也氏のWebページ「日本の測量史」の記事を参考にしています。
※この記事は舘沢省吾氏からの情報を参考にしています。

今年のGWは10連休になるということで、この休みを利用してどこか遠くへ基準点を探索しに行こうかと思っていたところ、友人H君よりGW中にどこか泊まりがけで探索に行く予定はないかと問い合わせがあった。いつもお世話になっている舘沢氏に教えて頂いたネタを元に数ヶ所候補を挙げて、互いの都合と予算などから最終的に秋田県へ行くことに決定。案の定、宿が県内全域で満室だったが北秋田市の鷹ノ巣に1泊だけなんとか確保することができた。秋田は一応隣県でありながら微妙に遠いためなかなか行くことが出来ず、どれも数年越しのネタばかりである。何が起きるか、無事全て見つけられるかどうか楽しみだ。


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まず1ヵ所目は秋田市内にあるという「水路部経緯度測量点」へ向かう。
上西氏の「日本の測量史」で紹介されているので存在は知っていたが、舘沢氏に具体的な座標を教えて頂いたので今回行ってみることにした。※画像はドライブレコーダーの動画を加工したものです。


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秋田道の秋田南ICよりR13→秋田県道41を経由して秋田駅近くにある千秋公園(久保田城跡)東側に到着。
ちょうど花見シーズンということもあり駐車場の確保が難しそうなので、無難に道路向かいにある病院の有料駐車場を利用する。


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GW中で休診だったことと時間が早かったこともあり駐車場はガラガラだった。道路を渡り、黒門跡より公園内に入る。


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売店前の広場にはトラックやユニック車など業者の車が多数駐まっていて、どうやら花見会場の提灯などの撤去を行っているようだった。桜の木を見ると満開というより葉桜に近い状態だったので納得。
隅櫓などに用は無いので、ここで右折して公園北側の土門跡のほうへ向かう。


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こっちの方へ行けば良いんだな。


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公園北側の土門跡を抜け、小学校前の交差点を直進する。


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この上だな。


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「日本の測量史」にも書いてあるように、ここは近くにある秋田和洋女子高校のグラウンドらしいが、あまり利用されていないのか荒れ気味だ。


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入口から中を覗いてみると…北東の角に東屋があるぞ。


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東屋がちょっと気になったので、何となくこっちの方から行ってみることに。


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遠回りになってしまったけど貯水池跡の端を行けば問題ないだろう。
ところでこの東屋ってグラウンドに降りられる階段が無いのに、どうやって使ってんだろう?


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あれっ?標石はもう少し先だけど、このまま端を進むとフェンスで出られなくなりそうだ。仕方ない、ここから藪に飛び込むか。


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うわっ!意外と深いぞ!
藪にはあまり慣れていないはずのH君も黙ってついてきてくれてます。ごめんなさいね。


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標石は崖手前のフェンスのそばにあるらしいから、フェンス沿いに行けば簡単に見つかるはず。


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標石発見!


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標石です。
日本の測量史」によると、これは海図の作成を目的とする水路測量のために当時の海軍の水路部が設置した標石のようです。水路部は戦後海上保安庁へ移管されましたが、その時設置された標石が石巻のアレです。


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南面「經緯度測量點」
旧字体で書かれているというのが歴史を感じさせて良いですね。


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東面「水路部」


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北面には何も彫られていないようです。


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西面「大正七年五月」
日本の測量史」によると、水路部では大正10年まで経緯度測量を天文経緯度で行っていたらしいので、この標石はいわゆる「天測点」だった可能性が高いそうです。※「秋田天測點」として大正7年の水路部年報に記録があるそうです。(2019/5/11訂正・追記)


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上面です。
十字マークが標石いっぱいに彫られている珍しいタイプですね。

標石の大きさは 18x17x44cm(東西方向 x 南北方向 x 高さ)。高さはこの状態での南面のものです。
すぐ北にあるコンクリート杭までの距離50cm、フェンスまでの距離96cm


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標石を確認したあと最短距離でグラウンドへ戻ったところ、ここに出ました。
途中の笹が葉の小さいタイプだったので、ここから行った方が楽です。


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つまりこのルートで行くのがベスト。「日本の測量史」に書いてある通りでした。
[[秋田]秋田千秋公園 水路部経緯度測量点]の続きを読む
2019/02/24(日)
石巻の牧山南西尾根上の大門崎公園展望台にある、宮石漁(宮城県石巻漁港?)標石。
※この記事はゆう氏のブログ「ゆうさんの三角点」の記事を参考にしています。
※この記事は「石巻大門崎 海上保安庁測点」の続きです。

ゆう氏によると、ここにはもう一つ謎の標石があるそうだ。

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画像は公園の一段高いところから展望台を見下ろしたものである。
画像右側の青矢印が先ほどの「海上保安庁測点」で、左側の赤矢印の所に謎の標石がある。

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あまり意味が無いとは思うが、一応海保の測点との距離を測定。
11m70cmくらい。

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標石です。
標石の周りは上面舗装というかコンクリで固めてあります。
石質は井内石のようです。地産地消ってやつでしょうか(笑)


西面「四等 三角点」(「点」は占の下に大)
どう見ても国土地理院のとは別物だぞ。

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南面には何も彫られていないようです。

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東面「NO 1」
Nの字とか書き慣れていないような感じです。結構古そう。

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北面「宮石漁」(「漁」の魚の下の点が「大」)
何だこれ?
宮は宮城、石は石巻で間違いないだろう。漁…協?いや違う、漁港かな。石巻漁港の建設のために設置した基準点と考えれば納得できる。これが四等ということは、他にも一等から三等までありそうなんだけど聞いたことが無いなぁ。

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上面です。
標石の東側に保護石のような物が付いています。北側と西側にも保護石の跡のようなのが残っています。

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上面のアップ。

標石の大きさは 12x12x13cm(四寸角) で、国土地理院の四等標石とほぼ同じ大きさです。
十字マークの大きさは約7cm(6.7cmくらい)。

以降は、この標石が石巻漁港の工事の測量に使われた基準点だったと仮定しての話。
Wikipediaによると現在の石巻漁港は昭和49年に開港したそうですが、この標石の見た目と時代が合いません。なので、それ以前に旧北上川の河口付近に存在した旧石巻漁港と関連があるのではないかと考えられます。
一般財団法人みなと総合研究財団のWebページ「みなと文化研究事業」内の「港別みなと文化アーカイブス」に石巻港について書かれた文書があります。(石巻港の「みなと文化」(佐々木淳 著)
その10-3ページに

昭和7年から、北上川河口の東突堤と西突堤の築造と臨港部付近の埋立てが開始された。

という記述があります。
それ以前にも北上川で舟運が行われていましたが河口の港を整備したのはこの頃からのようですので、恐らくその時に設置された基準点だったと思われます。旧漁港は現在の石巻市川口町付近にあったそうなので、位置的に矛盾しません。
あと、なぜ「四等」なのかについてですが、当時の陸地測量部の四等三角点には標石が無く(測量のみ)、基準点は実質的に一等~三等までしか無かったので、その空白を埋める補助的な三角点として「四等」としたのかもしれません。なので「宮石漁」の一等~三等は実在しないのではないかと思います。以上、私の勝手な空想なので信じないように(笑)。
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