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標石よりも探す過程がメインの三角点探訪ブログ。
2018/12/30(日)
大河原町の町立金ケ瀬中学校の北北西1.1km付近にあったはずの四等三角点。

一年が経つのは早い。気がついたら明日はもう大晦日だ。
ここ最近は行っても見つからない行けない場所すら特定できないなど、情けないことに三連敗中である。このままで年を越すわけにはいかない。そもそも、その3ヵ所とも県外で三角点でも無く、超マイナーな基準点ばかりだ。やはりここは無理をせず身の丈に合った県内の三角点で四等の比較的無難な所へ行き、今年最後の探索を勝利で締めくくりたい。

そこで今年最後の三角点としてチョイスしたのが大河原町にある四等“五瀬”である。
なぜここなのかというと、今年の夏に一度訪れてみたものの藪が酷すぎるため断念した点だったからだ。記事にすらしていないが実質リベンジである。もちろん夏のリベンジだけで無く、最近の三連敗という屈辱に対しても精神的にリベンジしたい。ちなみに夏頃にここを訪れたのは、すぐ近くの日帰り温泉へ来たついでに寄ってみたという単純な理由だった。

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R4を白石方面へ向かい、画像に写っている大変目立つ目標物の所で右折し、県道115に入る。

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県道115を1.3kmほど進み、画像の所で左折。

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川沿いに1kmくらい進み、突き当たりを右折。

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さらに細い道を400mほど進むと、山の入口がある。
車は少し手前のカーブのところに駐めて、ここからは徒歩だ。夏に来たときはこことは反対側の北側から行こうとして断念した。

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すぐ上には送電線鉄塔がある。ここを右折すればその鉄塔へ行けるのだろう。鉄塔巡視路は良く整備されているはずなので、無難にここを曲がる。

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送電線鉄塔だ。
この先は竹藪なので左へ行ってみる。

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すぐ左に道らしきものがある。そっちを登ったほうが楽そうだ。

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おぉ、これは都合良く良い道があるな。夏の時登ろうとした北側の道とは大違いだ。

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ん?工事してるのかな?

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なんか、これから行く方向にまでブルドーザーが入ってるな。三角点は無事かな。

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あれっ?山の上が平坦になっているんですけど…。

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三角点があるはずの地点。
山頂ごと削られてて何もねーじゃん!てめーふざけんなボケー!!よりによって、まさかの四連敗!!どうなってんだー!!もう呪われているとしか思えねー!!

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そこら辺に転がっていた石。もしやと思って確認してみたが、標石やその下の盤石では無かった。本来ならもう少し上に標石があったはずなので、工事で掘り起こされたとしてもこんな所に転がっているわけない。
それにしても…まさかな…。
[五瀬(四等三角点) -亡失]の続きを読む
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2018/12/02(日)
福島県柳津町のJR只見線会津柳津駅の北西1.5km付近にあると思われる方位標(子午線標として使用)。
※この記事は舘沢省吾氏からの情報を参考にしています。

今回は鳥屋山方位標と対になる「子午線標」の方位標を探そうと思う。

以前、鳥屋山(方位標)の記事で書いたように、鳥屋山の方位標は「天測点」で、通常の天測点と同様に「子午線標」が存在し、それは鳥屋山の真南に存在する。…これは舘沢氏からの情報で、その子午線標として使われている方位標は“九日田(くびでん)”という点名らしい。
舘沢氏より当時の点の記とその他参考資料を送っていただいたものの、肝心の座標がまだ不明な状態。三角点のすぐ近くにある天測点と違い、子午線標は近くに目標物が無い場合がほとんどで、当然閲覧サービスにも載っていない。コンクリート柱のものなら大きくて目立つので山中を歩いて探せば比較的容易に見つけることが出来るはずだが、これは四等三角点と同じ大きさの小さな標石。単に目立たないだけでなく、草木や土に埋もれてしまったらアウトだ。なので、出来るだけ正しい位置を推測しその周辺を探す必要がある。

以前、岩手の北上で子午線標の方位標を見つけることが出来たのは、近くに三等三角点という目印があったからだった。今回の方位標はどうだろう。点の記の要図を見てみる。

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これは昭和27年頃に調整された“九日田”の点の記に載っている要図である。(大きい画像はコチラ
中央左にある三角点マークの所が方位標の位置。西に源重山があり、周りには集落名が記載されているが、これといった目印は無し。かろうじて等高線が参考になる程度のかなりアバウトな要図だ。

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現在の地形図。(大きい画像はコチラ
上の要図と見比べると単に古いからということだけでなく、手書きのため縮尺も方角も正確ではない事が分かる。源重山という山名は地形図に載っていないし、等高線も全然違う。でも集落名は今でも残っているので、石坂と小椿という集落の間の山中にあるらしいことだけは分かる。
幸い子午線標の性質上、経度だけはハッキリしている。鳥屋山の山頂にあった方位標と同じ、東経139度42分34秒付近のはずだ。問題は南北方向のどこにあるのかということになる。

子午線標は鳥屋山山頂から見える位置になければならない。設置のしやすさと視認性を考えると北側を向いた斜面か東西に延びた尾根上、または山頂だろう。

ここであることに気づく。柳津温泉スキー場(現在は閉業)の北西にあるピーク上がちょうど子午線と重なるのだ。それがの位置である(→位置)。とても偶然とは思えなかったので、当初はこの位置で確定と思い、その準備もしていた。ところが地形図を良く見ると、スキー場の上のピークはその北にある、つまり鳥屋山から見て手前の尾根よりも標高がやや低かったのである。これでは灯火を点けても、手前の尾根に隠れてしまい天測点からは見えないということになる。他の位置を探すしかない。
地形図より、子午線にかかる東西方向の尾根は2本あるようだ(緑線)。その位置が。北向きの斜面上ならの付近だろう。

さて、どこだろう。
点の記には、石坂より小椿に至る県道を2.3km行った辺りより山道に入るようなことが書かれている。当時の県道が現在と同じルートなのかは不明だが、石坂より2kmといったらかなり小椿寄り、というか小椿の集落内になる。要図を見ると県道より三角点マークの方へ延びる破線があるので、この道のことであればまた話が変わってくる。それでも石坂と小椿の中間よりは小椿寄りだ。…となるとではなく、なのだろうか。
そういえば北上にあったやつは尾根上だったな…。要図の位置も何となく尾根上にあるように見えなくもないし。よりも標高が30mくらい低いので、どちらに設置しても鳥屋山からは見えるはずだ。は後ろに何も無い尾根だが、の後ろにはの尾根の斜面がある。何となくではあるが、自分が選点者だったら後ろにその先の斜面があるを選ぶだろう。その方が稜線上にある場合よりも灯火類が見やすいと思うからだ。

以上のことにより、目的地はの尾根上ということに決めた。但しこれは一種の賭けでもある。何となくここかな~で決めているからだ。それに当たっていたとしても小さな標石を見つけられるかどうか分からない。最近二連敗(宇津峠大師峠)しているだけに嫌な予感しかしない…。

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以前、鳥屋山へ行ったときのように、磐越道の会津坂下ICで降り、IC出口の交差点をR49へ右折。1.5kmほど西進して、画像のちょっと分かりづらい交差点を左折する。

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左折した先は生活道路としか思えないような狭い道だが、これでも一応福島県道151号だ。

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R49より福島県道151を3.6kmほど進み、椿という集落(標識に書いてある)の画像の所より右折して福島県道342に入る。
ん?小椿じゃないのかな?
※調べてみたら、「小椿」という地名はこの辺りの大字名で、現在でも北は石坂集落を含む沢尻川付近、南は小巻集落の南あたりから飯谷山までという広範囲な地名のようだ。点の記の所在地を確認すると確かに「柳津町大字小椿字九日田」と書いてある。ただしこれは古い地名で現在は字や大字は付かず「柳津町小椿」らしい。「椿」や「九日田」という字名も今は無く、この画像の付近は「上宮ノ前乙」という地名のようだ。→これのせいで、今まで何か勘違いしてることとか無いよな…。

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椿集落より福島県道342を400mくらい進むと通行止めになっているが、元々ここは左折するつもりだったので問題なし。

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さらに800mくらい進む。都合良く広めな待避所があったので、ここに車を駐めることにしよう。

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ここら辺から入ってみるか。

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畑の西側には農道があった。どこから取り付こうかと少し北へ進む。この辺りが良いかな。

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道は無いけど傾斜が緩く、見通しが効いて登りやすそうだ。

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GPSを参考に適当に登っていく。大体子午線の上辺りまで来たら、前方が笹藪になった。
実はこの中なんてこと無いよな…。
当然このまま真南へ進めば目的地なのだが、藪と傾斜がきついので素直に迂回する。

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適当に登っていると、どんどん子午線から離れていっちゃうな。

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おっ、尾根らしきものが見えてきたぞ。

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やっと尾根に上がれた。
子午線よりもちょっと西へ行き過ぎたため、少し尾根を下る必要がある。

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えーっと、ここら辺かな…。そんなに落ち葉などが堆積しているようには見えないので、あるとすれば標石が露出していそう?

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GPSを見ながら辺りを1時間半くらい探してみたものの、標石らしい物は見当たらない。やっぱりか…。標石が埋もれているというより、ここじゃ無い可能性の方が高そうだな…。

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北の方を見ると鳥屋山(たぶん)が見えた。ここから見えるということは当然向こうからも見えるはずだけど、違うのかな。
今から隣の尾根なんて行きたくないし時間も無い。残念だけど撤収しよう。あーあ、三連敗かよ。自信無くすなぁ…。

自宅に戻り、記事を書くにあたって再度点の記を確認してみる。

同町石坂部落ヨリ 小椿部落ニ至ル縣道ヲ 約ク 二・三粁行ケバ 右側ヨリ源重山ニ至ル小径アリテ 此ノ小径ヲ南西ニ約六百米行ケバ桐畠アリ 之レヨリ南約百米ノ櫟林ノ中ニアリ

カタカナばかりで読みづらいなぁ。
途中の文章をすっとばして読んでいくと、一番最後の文に「クヌギ林の中にあり」と書いてある。65年以上も前の話なのでクヌギ林など既に無くなっているかもしれないが、問題はこの「林」という表現だ。普通、林と聞いて山頂や尾根を思い浮かべる人は少ないだろう。平地か緩やかな斜面に木が生えている状況を思い浮かべるはずだ。
ということはの位置もアリなのかなと。
でもなぁ、石坂から2.3km(2~3kmの意味かもしれない)の所から南西に600m、さらに南に100m進んだら、やはり今回行った辺りが正しいことになるんだよなぁ…まさかあの笹藪辺りとか!?
[[福島]九日田(方位標)]の続きを読む
2018/10/28(日)
山形県大蔵村の肘折温泉の南7km付近、旧大師峠近くにあるらしい旧二等水準点。
※この記事は舘沢省吾氏からの情報を参考にしています。

前回、宇津峠の二等水準点を見つけられなかった私は、そのうち他にもあるという別の二等水準点を探し出し「リベンジ」してやろうと思い、次に行くのであれば東北地方に少なくとも4ヵ所あるうちの一つ、山形の大師峠かなと考えていた。ちょうどその頃、いつもお世話になっている舘沢氏より数カ所の二等水準点の位置が記された古い地形図の資料を送っていただいた。その中には不鮮明ながらも、これから行こうと思っている大師峠の古地図も載っていた。

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上の地形図の左半分がその古地図(※)で、右半分が同縮尺の現在の地理院地図である。古地図には峠の少し東側に803.1mの水準点が描かれている(大きい画像は→コチラ)。宇津峠がそうだったように水準点は峠にあるものだと思っていたので、知らずに探索へ行っていればまず見つけることは出来なかっただろう。舘沢氏に感謝。
二つの地形図を見比べると気になることがある。峠周辺の地形と山道の線形が現在とかなり異なって見えるのだ。当時の測量技術ではこれが限界だったということなのだろうか。
※いただいた資料の古地図は先述の通り不鮮明なものだったため、上の画像は後に舘沢氏が国土地理院関東測量部より入手した5万分の1地形図「月山」(昭和28年応急修正)の一部を使用しています。(資料と同じ物です)

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当初、すぐ大師峠へ行くつもりはなかった。そのうち、まぁ来春とかでも良いかなと思っていた。ところが良く考えてみると現地は豪雪地帯で有名な肘折温泉の近く。一度積もった雪は夏頃まで融けない。当然すぐ近くを通るR458も調べてみると夏頃から冬季閉鎖になる秋頃までの数ヶ月間しか通行できない。しかも今年は11月5日から通行止めだというではないか。これはもう、すぐにでも行かないと当分行けなくなってしまう。
まず旧大師峠についてネットで調べてみたが、見つかるのはR458上の(新)大師峠ばかりで、旧のほうは全くと言って良いほど資料が無い。どうやって行けば良いのか分からないのだ。
そこでとりあえず地形図を見てみる。まずAのルートだ。一般的には昔からの道であるこのルートで行くのが無難だろう。国道から林道のような道を進み、川を渡った辺りから山道を登るルートだ。ところが良く見ると国道の(新)大師峠から尾根沿いに行くBのルートのほうが実は楽なのではないかと気がついた。BのほうがAより距離も高低差も圧倒的に少ないのである。大抵の山には尾根道があるはず。ここにも大師峠やその先の猫岳を目指して登山愛好家が付けた踏み跡が残っているだろう。
とにかく大師峠まで行ければしめたもの。あとは東側へ少し下るだけで水準点だ。

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早速現地へ向かう。
山形道寒河江ICで降り、R112へ右折する。

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R112を月山方面へ約12km進み、画像の交差点を右折してR458に入る。

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R458を肘折方面へ17.5kmほど進むと市村境(郡境)でもある十部一峠に到着。
舘沢氏から送っていただいた古い地形図によれば、この峠付近にも水準点があったみたいですが、状況から見て恐らく道路工事で亡失したのではないかと思われます。

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十部一峠よりさらに1.8kmほど進んだところ、路面がこの有り様(笑)。※国道です(しかも現道)。
R458は日本で唯一未舗装区間が残る国道(酷道)として有名で、全国から道路マニアがわざわざ訪れるほど。私もこういうのは大好きなので、水準点探しと同じくらいこのR458を通るのが楽しみだったのだ。いやー面白い道だなぁ。

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十部一峠より5kmほどでR458上の(新)大師峠に到着。

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初め、峠の少し手前にある待避所のようなスペース付近より登ろうと思ったが入っていくのが大変そうに見えたため、素直に等高線に従い、画像の辺りより法面を登って尾根へ上がってみる。

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木に掴まりながら何とか法面の上へ上がった。…けど何これ。
踏み跡も獣道っぽいのも見当たらない。仕方ない、無理矢理藪漕ぎして進むしかないかな。

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尾根に道のようなものは無かった。豪雪地帯のためか、木は地面を這うように生えており大変邪魔で前へ進みづらい。
人の手によるものなのか、尾根には所々に松が生えているので目印にすると良いようだ。

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画像の所はまだマシなほうで、酷いところでは木の枝だらけで前を塞がれてしまう。前へ進むのに必死だったせいか尾根上で撮影した画像はこれと一つ上の画像くらいしか無かった。

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何とか(旧)大師峠に到着。画像は西側から見た峠。(東側から見た峠は→コチラ
距離的に国道から小一時間くらいで着くかと思っていたが、実際は2時間もかかってしまった。

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峠の東側で道は右へ折れる。

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すぐ先で道が消えてるような…。

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道が崩れて無くなっている。
少し先に道の続きだったと思われる平場があるので無理矢理進んでみる。

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何だこれ。土砂崩れのせいで、下の方まで一直線に岩肌が露出している。
この先に道っぽい平場は見当たらないし、かといってこの傾斜じゃ怖くて降りられない。下手すりゃ数十メートル滑落する。

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現在の位置を再度確認する。目の前の土砂崩れで露出した岩肌って地形図のこれじゃないのか?こんなのを降りたら遭難しそう。もしかしたら死ぬかもしれない。気のせいかこの等高線の間隔よりも結構急斜面に見える。それに現在の地形図に描かれている山道は古い地形図と違うだけでなく等高線を無視した変な線形になっているし信用できないな。
困ったな…他に降り口はないのだろうか。

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さっきの所まで戻って下を見てみるが、うーん。
仮に降りられたとして、また登ってこられるのか?そもそも標石を見つけられるのか?
一枚目の画像の古い地形図と現在の地形図で地形が異なるのは、もしかしたら土砂崩れ・崖崩れなどによって地形が変わってしまったからではないか?だとすると標石も埋まってしまったのかもしれない。正確な座標すら分かっていないのに危険を冒してまで探すのはやめるべきだ。
戻るのにまた2時間かかることなど総合的に判断し、苦渋の決断ではあるが今回の二等水準点標石探索は断念することにした。残念だ。
次にリベンジするのであれば、素直に画像2枚目のAルートで来るべきだろう。

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帰りにAルートの入口へ行ってみた。
正直、もういいやって思った。 

ここのすぐ近くに四等の“中小屋”があるはずですが、資料を持ってこなかったのと探す気力が残ってなかったのでパスしました。
[[山形]大師峠 旧二等水準点]の続きを読む