標石よりも探す過程がメインの三角点探訪ブログ。
2010/03/22(月)
東松島市の市立大塩小学校の北東約1km付近に以前あった三等三角点。

先ほどは柴崎芳太郎測量官が剣岳の選点時に付けた冠字選点番号(※)と同じ「景 第27号」の点へ行った。
では、第1号はどこなのだろう?

※剣岳に第27号を割り当ててはいたが四等だったため当時の点の記は作成されていない。

yamagamiyama1.jpg
おおっと、いきなり【亡失】ときたもんだ。
これでは点の記はおろか、経緯度も分からない。

でもウォッちず上には三角点マークが残っている。
そこに十字を合わせれば、おおよその経緯度が分かるはずだ。
北緯38°26′59.9、東経141°10′58.7と出た。(世界測地系)
ハンディGPSを使えば大体の場所は特定できるだろう。行ってみるか。

yamagamiyama2.jpg
県道204より県道16を400mほど西進すると左手にK土建が見えてくる。(画像は反対側より撮影)
K土建の先に中へ入っていける道があるので入っていく。
入口付近に駐車場のような場所があるので、そこに停めさせてもらう。

yamagamiyama3.jpg
道は農道で、奥の畑へ続いている。

yamagamiyama4.jpg
手元のハンディGPSによれば、三角点があった場所はこっちのようだ。

yamagamiyama5.jpg
どうやらここのようだ。

yamagamiyama6.jpg
ハンディGPSではこの木の手前付近らしいのだが、地形図を見ると畑との境界よりも少し東にあったようだ。
なので、奥の舗装された駐車場に標石があったのではないかと思われる。
念のため周辺をよく見てみたが、標石のようなものは見あたらなかった。

自宅に戻り、少し調べてみた。
やり方についてはここに書けないが、実はある方法で停止中の点の記を閲覧することが出来る。
もちろんサーバ上に点の記のデータが残っていればの話だが、幸い山神山のは見ることが出来た。

点の記によれば、今回探索した場所は昭和57年に元の場所より南西に約180m移転した所らしい。
だとすると元の場所は2枚目の画像に写っている2車線道路の向こう側にあったことになる。
旧選点日は明治43年4月19日となっている。資料(pdf注意)によれば柴崎氏は4月上旬に宮城に向けて出発したそうなので時期も一致する。
つまり彼の宮城での初仕事がこの地で行われたのだ。そう考えると標石は見ることが出来なかったが行って良かったと思う。

ちなみに移転後の標石の位置だが、点の記の略図によれば木の所より4.3m東、つまり現在の舗装された駐車場にあったようだ。
なので一番下の画像の奥付近で間違いないようだ。
行く前に点の記を見てれば、もうちょっと正確な位置が分かったはずなのだが…。
どうも下調べが甘いんだよなぁ。
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