標石よりも探す過程がメインの三角点探訪ブログ。
2011/11/23(水)
仙台北部道路利府しらかし台ICの北4km付近にある二等三角点。

大和町の鶴巣に以前より気になっていた三角点がある。“郷右近館”(ごううこんだて)という変わった点名の三角点である。
この趣味を始めて間もない頃、当ブログのリンク先でもある「みやぎ里山文庫」の“郷右近館”のレポートを読んでいたので、ちょっとだけ予備知識はあった。「掘削場」と「マムシ穴」である。さらにそのレポートには地形図に描かれている登山道は全て激藪のため使えないといった記述もある。
今のウォッちずでは表示されなくなったが以前の地形図を見ると“郷右近館”のそばには送電線が通っており、点の記の略図を見るとすぐ近くに鉄塔があるようだ。送電線鉄塔といえば東北電力により整備された巡視路があるはずなのだが、レポートを読んだ感じではこの道も藪に覆われてしまっているようだ。
以上の事により、なんか行くのが大変そうなので自宅から比較的近くにあるのに今まで行かなかったのである。

先日、震災後「成果異常」となっていた三角点が一斉に「正常」となった。国土地理院より委託を受けた全国の測量会社の方々が東北の各三角点で一斉に再度測量を行ったおかげなのだが、全ての三角点で測量をしたわけではなく、一等と二等の一部のみのようである(…気がする)。基準点成果等閲覧サービスを見ると最近行ったここの近くにある“報恩寺”は「改算」となっていて周辺の三角点の成果を元に計算しただけで実際には測量しなかったみたいだが、この“郷右近館”は「改測」となっており今年の9月頃に測量を行ったようだ。…まてよ、測量したということは数人の人達が重い機材を持ってここへ行ったんだよな。ならば道が出来ているんじゃないのか?

昭和61年頃に調製された点の記にはまだ掘削場が描かれていないが、現在の掘削場付近から登っているようだった。おそらく今回もそこから登っているのではないかと思われる。よし、行ってみるか。

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利府しらかし台ICから県道3を大和町方面へ5.5kmほど進むと左側に簡易郵便局がある。そこを少し進んだ所に「鶴巣リサイクルセンター」と書かれた青色の看板があるのでここを右折する。

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途中の分岐で右折し、さらに道なりに進んでいくと路面が未舗装となり掘削場(というか、これは採土場と呼ぶべきか)に到着した。遠くに三角点そばの物と思われる送電線鉄塔が見える。…あそこまで行くのかよ。
GPSを見ながら点線道(登山道)をなぞっていこうと思ったのだが、地形図に描かれているよりも採土が進んでいて地形が変わってしまい点線道の入口が分からない。どうやら画像の所から続いているのが旧車道のようで点線道はその先にあるようだ。仕方ない、ここから歩くか。

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旧車道を進んでいくと前方の道が突然無くなった。ここまで削られてしまったようである。無理して車で来ていたら転落したかも…。みやぎ里山文庫のレポートを参考にこのまま採土場の縁を進んでみるか。

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縁を進んでいくと確かに藪とは無縁で大変登りやすいのだが、どんどん違う方向へ進んで行ってしまう。GPSを見ると点線道はもっと東のほうにあるみたいなので薮の中に道がないか見ながら縁を登っていった。
すると薮の中にピンク色のリボンが見えた。よく見るとリボンは山の中へ続いているようである。これは測量隊が登る際に目印として付けた物ではないのか?

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採土場の縁より藪に飛び込みリボンに近づくとご丁寧に刈払いがされて道が出来ていた。予感的中!超ラッキー!
後はリボンを目印に登っていくだけだった。藪も無くとても登りやすかった。測量会社の方たちありがとう。
ちなみに初め間違えて逆方向に辿っていって山を下ってしまったのというのはナイショである。

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ようやく送電線鉄塔まで辿り着いた。三角点まであと少しだ。

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鉄塔から巡視路を少し北へ進み、急な坂を登り切ったところからまた刈払われた道に入っていく。
途中に例の「マムシ穴」の岩らしきものがあったが、震災のせいだろうか位置がずれて地面に大きなすき間が出来ていた。危ないので近寄らず、穴の位置までは確認しなかった。
更に進むと前方に標石と標示杭があった。

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標石へ近づくと足下になにやら別な標石っぽい物が?
…ん?どこかで見たような??

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キタ━━━━━(゚∀゚)━━━━━━!!
これは“貝抜沢”や“達居森”等で見かけた「宮城縣標石」ではないか!!うわぁすげーすげー!!まさかここでお目にかかれるとは!!もう三角点なんてどうでもいいやマジで。
ちなみにここのは「第五号」「明治廿八(二十八)年」と書かれてました。“郷右近館”の選点・埋標は明治30年ですから、宮城縣標石のほうが2年早かったみたいですね。“達居森”と同じです。

gouukondate.jpg
で、こっちがおまけの三角点(笑)。通常と違う石材のせいか風化していてボロボロです。等級もかろうじて読める程度だったようで分かりやすいようにマジックで文字をなぞってあります。余計なことすんなボケ!たまにこういうマジックで書かれた標石を見かけますが、お茶目な登山者じゃなくて測量屋さんの仕業だったのか?

ところで、この“郷右近館”という点名、「館」という文字が入っていることから城跡だったということは容易に推測できる。
森岡浩氏のサイト「オフィス・モリオカ」によると「郷右近」とは宮城県発祥の戦国時代からある名字らしい。つまりこの点名の意味は「戦国時代頃に郷右近さんの城があった所」といった感じだろうか。
しかし現地に行ってみれば分かるが、この三角点がある山の山頂にそんな城を建てられるような土地など無い。すぐ北の“報恩寺”がそうであったように、近くにあった物の名前から取っているのではないかと思われる。点名の元になった郷右近館はもしかすると山の中腹または麓にあったのではないだろうか。
ということは、この山は元々名無しの山で、便宜上昔近くにあったらしい郷右近さんの城の名前を点名として付けただけであり、この山のことを郷右近館(山)と呼ぶのは間違いなのではないかと思う。
※根拠が無い勝手な想像なので信じないように(笑)
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