標石よりも探す過程がメインの三角点探訪ブログ。
2013/03/20(水)
仙台北部道路利府しらかし台IC料金所の北北東1km付近の大和町にある四等三角点。

次は“背貫坂”へ行ってみようかと思う。
今回は利府周辺を探索しているのだが、この“背貫坂”だけは大和町にある。すぐ近くに、しらかし台ICがあるので利府町内かと思ったら違うようだ。

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先ほどの所より利府の町を経由して、しらかし台ICの方へ向かう。IC入口の所より県道3を北へ2kmくらい進み、画像の所で右折する。[現在地

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町道(?)を800m進むと右側に三角点へ続く道がある。[現在地
上の[現在地]をクリックしていただくと分かるのだが、右へ入っていった先の道は点線で描かれた、いわゆる徒歩道である。地図に従うのであれば車をここに駐めて徒歩で三角点へと向かうのであるが、実際は林道のような砂利道であった。私の車でも入って行けそうに見えたので、このまま車で行けるところまで行ってみることにした。

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入ってすぐの所が、ゆるやかな坂の砂利道だったためタイヤが空転し一瞬焦ったが、そこから先は特に問題無く進めるようだ。でも何か、だんだん怪しい雰囲気になってきたなぁ…。

senukizaka4.jpg
入口より500mくらい進んだところ、左側に一里塚があった。点の記に書いてあったのはもちろん、入口にも看板が立っていたが、この道は昔の長根街道だったらしく、リンク先によると、

一里塚の多くは徳川時代に建設されたが、日本史上最初にこれを整備したのは平泉の奥州藤原氏だというから(「Wikipedia」)、長根街道の「小鶴沢一里塚」は平安時代の非常に古いものである可能性が高く、長根街道は国府多賀城を基点とする最古の古代官道「奥大道」に相違なかろう。

とのこと。
ということは、大昔の国道みたいなもんか!で、この塚はキロポストだと。しかも先ほど行った(ところの近くにある)勿来の関へ続いていたとも書いてある。うわぁ~歴史のロマンだな~こりゃ凄く良いところに行ってきた気がする!誰も知らないよ、こういうの。穴場だよ穴場。
…もちろん家に戻ってから調べて初めて気が付いたんだけどね。出発前に知ってればもっと楽しめたかもしれないな。

senukizaka5.jpg
さらに「古代の国道」を現代の普通車で強引に進む。とてもUターン出来るような道幅では無く、もし行き止まりになった時は、今来た道を延々とバックすることになる。
三角点まで、あと100mくらいの所に来たとき、左側に「ここで方向転換してください」と言わんばかりの空間が現れた。ラッキー!ここにバックで駐めて、ここからは歩いていくことにしよう。

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三角点付近まで来た。お馴染みの目印が、これでもかというくらい木にくくりつけられている。そこまでしなくても分かるって…。
さっきまで不安になるくらい狭かった道が、なぜかここだけ広くなっていた。ここまで乗ってくれば良かったな。

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目印の所の左側に入ってすぐ、標示杭を発見。

senukizaka.jpg
標石です。これといった特徴もなく普通な感じですね。
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