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標石よりも探す過程がメインの三角点探訪ブログ。
2019/12/01(日)
塩竈市のJR仙石線東塩釜駅の南東500m付近、塩釜港内の籬(曲木・まがき)島にある宮城縣標石。
※この記事はゆう氏からの情報、および同氏のブログ記事を参考にしています。

ゆう氏によると、以前訪れたことがある塩竈の籬島(曲木神社)には水路部の標石だけでなく、宮城縣標石もあるのだという。
ウミネコに気を取られていたとはいえ、水路部標石のすぐ近くにあったのに全く気が付かなかった。ゆう氏の観察力というか、“標石の臭いを嗅ぎ付ける能力”には毎度頭が下がる(※)。先日彼が再度籬島へ行き、存在を確認してきたようなので、遅ればせながら私も確認しに行くことにした。
※以前、同じような事をウーメラ氏にも言っていたみたいです(笑)。皆さん凄いです。(2020/2/17追記)


magaki_m01.jpg
再度、籬島にやってきました。
以前の記事で書いた通り、この籬島にある曲木神社へは毎月1日の月次祭の時にしか橋を渡ることが出来ないため、1日が日曜の12月まで待つことになりました。ちゃんと入口が開いてますね。良かった。


magaki_m02.jpg
6月に来たときウミネコとウミネコの巣でいっぱいだった境内は何もない普通の状態に戻っている。
今回はゆっくり落ち着いて写真を撮れそうだ。


magaki_m03.jpg
ゆう氏によると海側の鳥居のすぐ西側の笹の中にあるらしいんだけど…。


magaki_m04.jpg
いたーっ!
よく気づいたなぁ。


magaki_m05.jpg
ゆう氏が周りの笹を切ってくれていたので、以前よりは分かりやすくなっているようです。
ちなみに左上の笹越しに見えるものは海面です。つまり崖っぷち。下手すりゃ数メートル下の海へドボン。


magaki_m.jpg
標石です。
石質は宮城縣標石ではおなじみの井内石のようですね。地産地消です(笑)


magaki_m06.jpg
「宮城縣」
西面になります。良く見ると「宮」の字の「呂」の部分が「ノ」で繋がってない…。
(今まで気にしていなかったのですが、他の標石を確認すると大半が同様の書き方になっていました。何で?)
2つ上の画像を見て分かるように、この画像を撮るのはちょっと命がけ!?

以降、反時計回りで。


magaki_m07.jpg
南面「第拾貳號」(第12号)
どういう順番で番号が割り当てられているのか相変わらず謎です。


magaki_m08.jpg
東面「明治四十年」
宮城縣標石としては比較的後期のものです。なので上面が「四角錐で中心に穴」でなく、「平らで十字マーク」のタイプになっています。


magaki_m09.jpg
北面。こちら側には何も彫られていないようです。


magaki_m10.jpg
上面です。画像手前(下)側が「宮城縣」の面です。
先述の通り、平らで十字マークが付いている後期のタイプです。

十字マークの大きさ、約7cm
標石の大きさは 15x15x30.5cm(五寸角(二等・三等並み))。高さは「宮城縣」の面です。
上面が平らな後期タイプとしては珍しく(?)、四角錐な前期タイプに近い大きさになっています。


magaki_m11.jpg
島の南端にある水路部標石も健在。結構欠けていたので、あれ以上壊れないと良いんですが。


magaki_m12.jpg
一通り確認も終わり、さて帰ろうかと思ったら突然人が大勢島に入ってきた。何やら始まりそうなので部外者はそそくさと退散しようと橋の方へ向かおうとしたところ、地元の代表らしき方に「これから神事が始まるので、宜しければ一緒に参加していただけないか」と声をかけて頂いた。実はもの凄くトイレへ行きたかったんですけど、せっかくなので我慢して参加させて頂きました。
曲木神社は鹽竈神社の末社なので、たぶん鹽竈神社の神主さんだと思うのですが2名の方に来て頂いて儀式が進みます。この程度の規模の神社でこれだけの神事が行われるとは。これが例の月次祭なのかな?貴重な体験をさせて頂きました。
先ほどの代表の方の話によると、籬島へ渡る橋は毎月1日だけでなく、4月から10月までの間は土日も開放していたとのこと。え~っ、知ってたらもっと早く来たのに…。来年もそうするとのことなので、これから行こうと思ってる方には朗報だと思います。

そういえば以前はここの後に野蒜へ行ったんだっけな…。先週、行ったよなぁ…。今日行けば良かった。(天気的に)
気のせいか、(県外)→(塩竈・野蒜)→(県外)→(塩竈・野蒜)→県外? のような流れになってきてるじゃん。これはいけません。次回は宮城県内のどこかへ行かなくては。
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