標石よりも探す過程がメインの三角点探訪ブログ。
2012/08/26(日)
大崎市鳴子温泉鬼首の禿岳山頂にある主三角点。

二等三角点“小鏑”を探しに行ったところ、三角点標石のすぐ隣に見慣れない標石を見つけた。

kamurodake-shu1.jpg
画像の石である。下部がかなり露出しているうえ傾斜しているが、今の所抜けてしまうようなことは無いみたいだ。

kamurodake-shu2.jpg
画像では分かりづらいが「主三角點」と縦書きされている。

kamurodake-shu3.jpg
裏側には「山」の文字。通常なら林野庁管轄の境界標であることが多いので、これも林野庁がらみか?
ちなみに両脇には何の文字も無し。

kamurodake-shu4.jpg
上面には普通の三角点と同様に「+」マークが。でもこれは境界標にも付いてます。標石の向きは「主三角點」の面が東を向いていました。

kamurodake-shu.jpg
標石全体です。上面の端が丸くなっています。いわゆる「宮城縣標石」がこんな感じですが、三角点や境界標では見た事がありません(たぶん)。

さて、コイツの正体ですが標石大好き野郎のバイブルとも言える、上西勝也氏のWebページである「日本の測量史」(旧題:三角点の探訪)によると、

山林局の測量は陸地測量部と並行して実施されていましたが1900年(明治33)には国有林野測量規程(農商務省訓令 第三十三號)が制定され三角測量や三角点の規格も定められました。要存置林の実測は三角測量と周囲測量が行われ1901年(明治34)から1910年(明治43)までに大半を終了しています。農商務省には測量技術者が不足しており当初は陸地測量部の応援を得ました。当時設置された三角点は「主三角点」「次三角点」「補点」の3種類があります。当時の標石は現在でも北アルプスや東北地方にも残置されてます。山林局の三角点は後年、陸地測量部の三角点に替わったものもありますが共存していた事例もあります。

参照元のページは→コチラ

明治時代、当時の農商務省山林局(現在の林野庁森林管理局)が国有林の測量を行った際に設けた三角点だったんですね。明治の頃は陸地測量部(現在の国土地理院)の他にも、この山林局や宮内省御料局、それに先ほどの「宮城縣標石」のような各地方自治体などが、それぞれ独自に測量を行っていたようです。効率悪そうですね。
現在残っているのが、北アルプスと東北地方というのも変な組み合わせですが、レアな物であることには間違い無いようです。また、ここの標石は陸地測量部(現在の国土地理院)の三角点と共存していた事例でもあることから、もの凄い物を見てしまったような気がします。いやぁ大変だったけど行って良かった。


とある有名な方からコメントを頂きました。(聞いたことのあるお名前なので調べてみたらビックリ!)
非公開コメントでしたが有益な情報なので一部を要約して掲載させて頂きます。情報ありがとうございました。

・主三角点は北アルプスに限ったものではなく、南アルプスや他の地方にも沢山設置されている
・山林局の主・次三角点は森林管理局で交付される「国有林野施業実施計画図」に界標を含め記入されている

なるほど国有林野施業実施計画図か…初めて聞く言葉だなぁ。入手してみたいけど、やりたいことが増えすぎて収拾がつかなくなりそうだ(笑)(2012/9/28追記)

MAP

地形図

DATA
基準点コード:無し
緯度:38°48′39″.5
経度:140°35′42″.2
標高:1262 m
※経緯度はハンディGPSでの測定値です。
※標高は適当です。
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2012/09/28(金) 10:02 | | #[ 編集]
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