標石よりも探す過程がメインの三角点探訪ブログ。
2013/06/23(日)
塩竈市の鹽竈神社表参道入口、鳥居横にある几号水準点。

今日は三角点探索とは違う用事、というか成り行きで鹽竈神社に参拝に来た。鹽竈神社といえば以前、上西勝也氏の「日本の測量史」(該当ページ)などを見ていて、鳥居の所に几号(きごう)水準点があることを知っていた。まさか今日ここへ来るとは思っていなかったから何も準備していなかったのだが、カメラだけは持ってきていたので折角だから見に行くことにしよう。
几号水準点とは…詳しくないので物好きな方はGoogle等で検索して調べて欲しい。早い話、現在国土地理院が管理している水準点が出来る前の古い水準点で、イギリスに倣い漢字の「不」に似た記号が彫ってある物である。以前、仙台市太白区の愛宕神社で見た物もこれの一種(厳密には違う)である。

shiogamakigou_o1.jpg
というわけで、駐車場が裏側にあるため参道は通らず、いきなり拝殿に来た。あいにく改装工事中のため建物はシートで覆われており、有り難みが無い。これでは工事現場にあるプレハブの事務所みたいである。

shiogamakigou_o2.jpg
几号水準点は表参道の鳥居の所にあったはずだ。こっちへ行けばいいんだな。

shiogamakigou_o3.jpg
うわー!これ降りるのかよ!さっき看板に「二百二段の階段」って書いてあったよな。登りが地獄だな、こりゃ。

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階段を下りると鳥居の横に、それらしき物を発見。(正面から見るとこんな感じ

shiogamakigou_o6.jpg
ずいぶん無駄に立派だなぁ。保護石というか「保護柵」だね、こりゃ。

shiogamakigou_o7.jpg
上面の石には、この几号水準点についての解説が書いてあります。以下引用。

高低几号標柱

高低几(記)号は、海の干満の平均値から求められた標高の基準となる零メートル地点を示すものです。明治九年、日本地図作成のため東京・塩竈間の水準測量に伴い各所に設置されました。この高低几号標柱は、独立した石柱として現存する唯一のもので、表参道付近まで入江となっていた当時の塩竈の姿を伝えています。

今回は予め下調べをしてなく予備知識だけだったが、この文章が何かとても胡散臭く感じた。
まず「標高の基準となる零メートル地点を示すものです」の部分。水準点ですから標高の基準であることに間違いはないのですが、0メートルを表している物では無いはず。海沿いならともかく、内陸にある几号水準点は結構あるはずです。「表参道付近まで入江となっていた当時の塩竈の姿」というのも辻褄を合わせるためのようで何か疑わしいです。(※)
次に「独立した石柱として現存する唯一のもの」という部分について。確かに几号水準点は石製の道標や碑などに彫り込まれてあるものが殆どのようで、このように標石となっている物は珍しいのかもしれませんが、他にもあるはずですし、現存しているのはこれだけでは無いはず。
こうしてみると、この解説文のほぼ全てが適当に書いてあるみたいで、いまいち信用できません。誰が考えついたんでしょう?

Wikipediaによれば、鹽竈神社南側の県道3は、祓川という川を暗渠化したもので、以前は千賀ノ浦(現・塩釜港)という入江だったという。なので「表参道付近まで入江」という記述は間違いではないようだ。(2013/7/1 追記)

shiogamakigou_o.jpg
標石です。

家に戻ってから、ちょっと調べてみたのですが、現在の水準点の高さが標石上面の「出べそ」の上を基準にしているのに対し、几号は「不」マークの横棒(「↑」の上の「-」)の高さが基準となるようです。なので0メートルを表してるのであれば、標石の大半は常に水没していることになります。まぁありえませんね…。
伊藤正昭氏の「山岳展望への誘い」の中の「几号水準点(明治初期の水準点)」のページにも、この鹽竈神社の几号の記事があるのですが、例の解説文について

しかしこの説明板の出典が明らかでなく、また記録も無いことから確認は出来ないでいる。

と書かれています。うーん、やっぱり。ますます怪しい…。

ちなみに上西勝也・伊藤正昭両氏のページとも、東参道の常夜灯に別の几号が彫ってあり、そちらの方が記録もちゃんと残っている「本物」であるといったような事が書かれてあります。じゃこれは何なの?記念に作ったモニュメントみたいなものか??
つうか、東参道に几号があるなんて全く気にしてなかった。鹽竈神社の几号といえば、表参道のここだけだと思ってたよ。後日、東参道のほうにも行かねば!

MAP

地形図

DATA
基準点コード:無し
緯度:38°19′02″.4
経度:141°00′43″.7
標高:---- m
※経緯度はウォッちずで表示された数値ですので不正確です。
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コメント
この記事へのコメント
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2013/06/25(火) 20:19 | | #[ 編集]
先日、船岡城の帰り道に初めて見た「几号水準点」奥州街道の標高を調べるため設置、旧奥州街道沿いの船迫地区のどこかにあったものが現在地に移されたものと思われるとの説明でした。それから気になりまして、塩竃神社なら電車利用して行けます。表参道鳥居左側ですね。ありがとうございました。
2015/04/19(日) 08:43 | URL | オカチャン #-[ 編集]
オカチャンさん初めまして。
浅野勝宣氏・畠山未津留氏共著の「宮城の標石第2集」14ページによると、船迫の几号は現在の柴田町船迫公民館付近にあったのではないかとのことです。但し彫ってあった石が「丸石」ですので、ご覧になった標石とはたぶん別物かもしれません。
鹽竈神社表参道の几号は県道側から見れば鳥居の右側となります。記事中左側となっているのは参道の階段を下りてきた場合です。
本当の几号は東参道の灯篭に彫られているもののようですので、そちらも是非確認してみてください。
2015/04/19(日) 16:35 | URL | つかピロ #y8j/9w2E[ 編集]
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2015/04/20(月) 19:21 | | #[ 編集]
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