標石よりも探す過程がメインの三角点探訪ブログ。
2014/07/27(日)
登米市南方町の大嶽山山頂にある宮城縣標石。
※「宮城縣標石」とは宮城縣と彫られている標石のうち、境界標以外の基準点と思われるものの通称で、正式な名称ではありません。

次はいよいよ大嶽山の宮城縣標石を見に行く番だ。
先日、三等の“大嶽山”を見つけたときに近くにあった上面に穴が開いた怪しい石が宮城縣標石だったと、ゆうさんから報告を受けたので確認のため再度やって来たのである。

oodakeyama_miya1.jpg
前回は普通に観光として行ったので興福寺のほうから登って行ったが、ここから行った方が近そうだ。車止めが無いので車で行けるところまで行ってみようと思う。【現在地

oodakeyama_miya2.jpg
特に問題無く、標石の真ん前まで車で乗り付けることができた。楽でいいな。
右奥の青矢印が三角点で、中央の赤矢印が宮城縣標石らしい石である。

oodakeyama_miya3.jpg
上面に穴が開いた石の周りには一度掘った跡があった。ゆうさんの仕業である(笑)。

oodakeyama_miya.jpg
早速私も石の周りを軽く掘ってみた。確かに宮城縣標石のようだ。

oodakeyama_miya4.jpg
「A」と彫られている。先ほど旭山で見た物と書体が違う。第何号といった番号は彫られていない。第一号またはAと彫られた石の基準となる点という意味なのだろうか?

oodakeyama_miya5.jpg
「明治廿六年六」と読める。最後の六は六月のことだろう。つまり明治26年6月に設置した標石ということになる。旭山のと同じ年だ。
ちなみに4枚上の画像に写っている碑には、左から明治17年、明治23年、安政3年、明治17年と彫られているので、宮城縣標石がここに埋められたのは、これらの碑が設置された後ということになる。
すぐ近くの三等三角点“大嶽山”は点の記が無いため設置日が不明だが、同じ人がここの次に選点した“大平山”の点の記を参照すると明治43年となっているので、おそらく宮城縣標石よりも後に三角点が設置されたものと思われる。(元々宮城縣標石は国が測量を始める前に県が独自に測量を行った時の標石なので、三角点よりも先に設置されているはず。たぶん)

oodakeyama_miya6.jpg
この面には特に何も彫られていないようだ。

oodakeyama_miya7.jpg
上面。先ほどの旭山のと違い、四角錐では無く、四つ角を丸くして中央に穴を開けたタイプ。この穴が宮城縣標石の特長の一つなので前回怪しいと思ったのだ。

MAP

地形図

DATA
基準点コード:無し
ICタグ場所情報コード(ucode):無し
冠字選点番号:無し
緯度:38 °39′17″.7
経度:141°11′07″.3
標高:40.18 m
※経緯度はハンディGPSでの計測値です。
※標高はすぐ近くの「大嶽山」のものです。
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