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標石よりも探す過程がメインの三角点探訪ブログ。
2019/04/29(月)
秋田県秋田市千秋公園内久保田城御隅櫓の北北東330m付近にある水路部経緯度測量点。
※この記事は上西勝也氏のWebページ「日本の測量史」の記事を参考にしています。
※この記事は舘沢省吾氏からの情報を参考にしています。

今年のGWは10連休になるということで、この休みを利用してどこか遠くへ基準点を探索しに行こうかと思っていたところ、友人H君よりGW中にどこか泊まりがけで探索に行く予定はないかと問い合わせがあった。いつもお世話になっている舘沢氏に教えて頂いたネタを元に数ヶ所候補を挙げて、互いの都合と予算などから最終的に秋田県へ行くことに決定。案の定、宿が県内全域で満室だったが北秋田市の鷹ノ巣に1泊だけなんとか確保することができた。秋田は一応隣県でありながら微妙に遠いためなかなか行くことが出来ず、どれも数年越しのネタばかりである。何が起きるか、無事全て見つけられるかどうか楽しみだ。


sensyuu_sui1.jpg
まず1ヵ所目は秋田市内にあるという「水路部経緯度測量点」へ向かう。
上西氏の「日本の測量史」で紹介されているので存在は知っていたが、舘沢氏に具体的な座標を教えて頂いたので今回行ってみることにした。※画像はドライブレコーダーの動画を加工したものです。


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秋田道の秋田南ICよりR13→秋田県道41を経由して秋田駅近くにある千秋公園(久保田城跡)東側に到着。
ちょうど花見シーズンということもあり駐車場の確保が難しそうなので、無難に道路向かいにある病院の有料駐車場を利用する。


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GW中で休診だったことと時間が早かったこともあり駐車場はガラガラだった。道路を渡り、黒門跡より公園内に入る。


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売店前の広場にはトラックやユニック車など業者の車が多数駐まっていて、どうやら花見会場の提灯などの撤去を行っているようだった。桜の木を見ると満開というより葉桜に近い状態だったので納得。
隅櫓などに用は無いので、ここで右折して公園北側の土門跡のほうへ向かう。


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こっちの方へ行けば良いんだな。


sensyuu_sui6.jpg
公園北側の土門跡を抜け、小学校前の交差点を直進する。


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この上だな。


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「日本の測量史」にも書いてあるように、ここは近くにある秋田和洋女子高校のグラウンドらしいが、あまり利用されていないのか荒れ気味だ。


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入口から中を覗いてみると…北東の角に東屋があるぞ。


sensyuu_sui10.jpg
東屋がちょっと気になったので、何となくこっちの方から行ってみることに。


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遠回りになってしまったけど貯水池跡の端を行けば問題ないだろう。
ところでこの東屋ってグラウンドに降りられる階段が無いのに、どうやって使ってんだろう?


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あれっ?標石はもう少し先だけど、このまま端を進むとフェンスで出られなくなりそうだ。仕方ない、ここから藪に飛び込むか。


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うわっ!意外と深いぞ!
藪にはあまり慣れていないはずのH君も黙ってついてきてくれてます。ごめんなさいね。


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標石は崖手前のフェンスのそばにあるらしいから、フェンス沿いに行けば簡単に見つかるはず。


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標石発見!


sensyuu_sui.jpg
標石です。
日本の測量史」によると、これは海図の作成を目的とする水路測量のために当時の海軍の水路部が設置した標石のようです。水路部は戦後海上保安庁へ移管されましたが、その時設置された標石が石巻のアレです。


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南面「經緯度測量點」
旧字体で書かれているというのが歴史を感じさせて良いですね。


sensyuu_sui17.jpg
東面「水路部」


sensyuu_sui18.jpg
北面には何も彫られていないようです。


sensyuu_sui19.jpg
西面「大正七年五月」
日本の測量史」によると、水路部では大正10年まで経緯度測量を天文経緯度で行っていたらしいので、この標石はいわゆる「天測点」だった可能性が高いそうです。※「秋田天測點」として大正7年の水路部年報に記録があるそうです。(2019/5/11訂正・追記)


sensyuu_sui20.jpg
上面です。
十字マークが標石いっぱいに彫られている珍しいタイプですね。

標石の大きさは 18x17x44cm(東西方向 x 南北方向 x 高さ)。高さはこの状態での南面のものです。
すぐ北にあるコンクリート杭までの距離50cm、フェンスまでの距離96cm


sensyuu_sui21.jpg
標石を確認したあと最短距離でグラウンドへ戻ったところ、ここに出ました。
途中の笹が葉の小さいタイプだったので、ここから行った方が楽です。


sensyuu_sui22.jpg
つまりこのルートで行くのがベスト。「日本の測量史」に書いてある通りでした。


MAP



DATA
基準点コード:無し
ICタグ場所情報コード(ucode):無し
冠字選点番号:無し
緯度:39°43′35″.0
経度:140°07′27″.6
標高:37.6 m
※経緯度はハンディGPSで計測した数値です。±10m程度の誤差があります。
※標高は地理院地図に表示された値です。
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コメント
この記事へのコメント
海図作成のための標石でも、こんなに内陸に設置されることがあるんですね。
2019/05/10(金) 10:55 | URL | caz3 #-[ 編集]
caz3さん、こんばんは。
本当にそうですね。私も場所を知ってから海図作成なのに何でここなの?って思いました。
一応高台にあるとはいえ海岸線から約6km、それよりも近い運河でも3.5kmくらいはあります。大正7年当時、周辺には既に陸地測量部の二等と三等の三角点が存在していたはずですから、水路部でわざわざ測量しなくても良かったような気がするんですけどね。

「日本の測量史」によると、水路部が行った日本内地の測量は大正6年に完結したと書かれています。この標石はその1年後なので、本来であれば必要ない物だったはずです。
なので、もしかすると海図作成とは違う目的だったのかもしれません。大正7年の水路部年報に「舞鶴及秋田經緯度測」として記録が残っていることから、東京・舞鶴・秋田の3点で経緯度の見直しというか基準を作ろうとしたのではないでしょうか。そう考えると、この標石はますます貴重な物のような気がしてきます。
2019/05/11(土) 20:31 | URL | つかピロ #y8j/9w2E[ 編集]
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